僕だけが知らぬ街

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本当にあった怖い話〜17年前の寄せ書き〜その1

プロローグ

 

今回は転校に纏わる少し奇妙なお話を聞いて頂きたいと思う。

このお話は今から17年前に筆者が実際に体験した100%ノンフィクションの出来事である。

あれから17年が経った今でも、たまに思い出すことのある不可解で奇妙なこの出来事を、ぜひ多くの人に知って頂くことにより、どうにか真相に近づくことはできないか、そう考えた私は今回この話をブログにて綴ることに決めた。

まずはじめにひとつ断っておきたいのが、この奇妙な話に関するオチについてなのだが、実はこの話はすべてが謎のまま終始しており、17年経った今でもその真相は明らかになっていない。

要するに、何も解決していないまま、17年の時がただ経ってしまったのだ。

だからこそなのか、17年経った今でもこの件に関する記憶が、筆者の心と頭に薄ら寒い気味の悪さを伴いながら、べっとりとこびりついてとれないのである。

先日ひょんなことからこの一件を思い出す機会があったため、17年という時を経て再度真相究明の努力をしてみることに決めた次第である。

 

読者のみなさまへ

いつも私のブログを見て頂き、誠にありがとうございます。

今回は読者のみなさまのお力添えを頂きたく、筆を執った次第であります。

ぜひ、この一連の奇妙な出来事に関して一緒に知恵を絞って頂き、筆者の私では辿り着けない真相に少しでも近づけるよう、協力して頂きたいと思っております。

つきましては、この出来事に関して思うことや考えうる可能性について、コメントを頂ければ嬉しく思います。

多くの方に見て頂きたいので、SNS等でシェアして頂ければ幸いです。

 

 

2017 12

オーストラリア メルボルン

 

メルボルンの夏は暑い。

読者のみなさまにそんなイメージがあるのかは定かではないが、メルボルンの夏はとても暑い。

日本人の私たちにとって12月やクリスマスといったワードに関連付くイメージというものは、寒さや雪などといった冬を連想するワードが並ぶのが常識だが、ここメルボルン並びにオーストラリア大陸は南半球に位置しているため、12月という時期は夏の始まりを告げる時期でもあり、ゆうに30度を超える日が続くなんてことも珍しくない。

2017年、夏、そんなメルボルンに、私はいた。

 

メルボルンでの生活は日本で慣れ親しんでいたそれとは大きく異なることから、毎日が新鮮で刺激的なことばかりであった。

そんな忙しない毎日を過ごしていたある日、15年以上も私の頭と心につかえていたある出来事をひょんな事から思い出す機会が訪れる。

この長い年月の間、なぜかずっと記憶の隅に留まり続けていた、思い出したくもないあの一連の出来事を、ある偶然が呼び覚ますことになる。

 

きっかけの1つ目はシェアハウスで訪れた。

メルボルンシドニーはたまたカナダのバンクーバーなどワーキングホリデーが有名な国では、シェアハウスという形の住居形態が一般的で主流である。

一部の金銭的な余裕がある人達はシェアなどをしないワンルーム借りたりすることも稀にあるのだが、特にお金に余裕のなかった自分はもちろんこの大きな流れに漏れず乗っており、シェアハウス生活というものを堪能していた。

シェアハウスということは、もちろんシェアメイトがいるのは自然なことで、自分にも当然シェアメイトがいた。

自分が住んでいた家は日本人だけで構成されているシェアハウスであり、そのうちの1人の子が今回のきっかけを与えた人物になる。

 

太田なつみ

 

彼女は私より若かったが、すごくしっかりとした子で親しみやすい子であった。

彼女がシェアハウスに入居後、私はすぐに彼女と仲良くなり、彼女との日々の生活を楽しんでいた。

さて、この新しいシェアハウスの仲間がきっかけでなぜそんな昔のことを思い出すことになったのかといえば、それは今回議題に上がっている一連の出来事の主要人物の名前が、なつみだったからである。

このことを思い出した時の自分は、ああ、そういえば昔同級生に同じ名前の子がいたなあ、とおぼろげな記憶を呼び覚ますことに終始していたのだが、正直これだけで終わっていればあの件について鮮明に思い出すこともなかったように思う。

しかし、偶然は続く。

あたかも仕組まれたかのように、偶然は偶然を生み、2つ目のきっかけを呼び込んでしまう。

 

数日後、Facebookを見ていた際に友達かも?というお知らせのページに目が止まった。

そこには明らかに見覚えのある顔と名前があったのだ。

 

中里夏海

 

たしか幼稚園と小学校が一緒だった子である。

仲もなかなか良かった気もする。

懐かしさという温かみのある感情で心が満たされたその折、何かが頭と心に引っかかっていることに気づく。

 

中里夏海

 

なつみ

 

佐竹なつみ

 

そういえば。

そういえば、もう1人同じクラスになつみという名前の子がいた。

 

佐竹なつみ

 

自分が転校する前に所属していた4年生のクラスの中に、中里夏海も佐竹なつみもいたように記憶している。

1学期のみで私は転校することになったが、2人とも同じクラスのクラスメイトだったはずだ。

そんな昔のことをゆっくりと思い出し始めた瞬間、ある重要なことを思い出した。

 

そうだ。

この名前は例の名前だ。

例の一件の子の名前だ。

だからか。

だからこそ、頭と心に何かがつかえる感覚を覚えたのか。

 

そこから私は15年以上も前の出来事を、自身の記憶を紐解きながら思い出していくことになる。

けっして忘れることができない、気味の悪い記憶を。

 

 

時を遡ること17

 

2000 7

日本 関東某所

 

小学4年生の一学期、私は生まれて初めての転校を経験した。

理由は親の転勤などではなく、単純な住居の変更であった。

ただ、転校といっても同じ市内の別の小学校に移るだけであり、距離にしてみれば大したことはなかったのだが、当時まだ9歳だった自分にはそれはもう一大事で、友達を失う寂しさや新天地への不安を抱えながらも、同時に新しい環境への期待に胸を膨らませているような、少し複雑な心境だったことを記憶している。

私が所属していたクラスは30人前後で構成されており、わりと仲の良いクラスだった。

担任の先生は男性のお年を召した経験豊富な方で、少し怖いイメージがあったように思う。

ただ、わりと優等生であった私はその先生に怒られたことはなく、毎日楽しい学校生活を送っていた。

そんな楽しい思い出がたくさん詰まった小学校から、夏休みを利用して転校することが決まったのは4年生に上がってすぐのことだった。

 

夏休み前最後の日。

終業式を終え、最後のホームルームが行われた。

自分にとってはこの小学校で行う最後のホームルームである。

そのホームルーム内で自分は別れの挨拶を皆の前で行った。

正直、何を言ったかなどはまったく覚えていない。

ただ、それも無理はない。

17年も昔のことである以上、その際の記憶が鮮明であることはなかなか不可能に近いことなのである。

しかし、そんな不鮮明な記憶の中にも、けっして忘れることのできない記憶というものもある。

忘れたくても忘れようがない記憶。

今後、17年経っても忘れることなく記憶され続ける出来事になろうとは、この頃の自分にはまったく想像がつかなかったが、それはすごく自然なことのように思えるほどの強い衝撃を、この出来事は当時の自分に与えることになってしまう

 

挨拶を終えた自分にみんなから寄せ書きが送られた。

寄せ書きは2枚の画用紙を基礎として構成されており、その画用紙にはメッセージ付きの小さな手紙が貼りつけられていた

この小さな手紙というのは、もちろんクラスメイトからのメッセージで、それぞれが思い思いに言葉を綴っていた。

画用紙は2枚あるので、約15枚ほどのメッセージ付きの手紙が1枚の画用紙に貼り付けられていたことになる。

 

正直、この時どんな表情でこれを受け取り、どんな感情を抱いたのかは思い出すことはできない。

嬉しかったのか、悲しかったのか、はたまた特に何も感じなかったのか。

その辺りの細かい記憶は皆無に等しい。

そのくらいこの頃の記憶は全体的に朧げである。

 

この後、皆にお別れの挨拶を改めてし、それぞれに言葉を交わし、帰路に着いた。

そして、家に着くなり私は寄せ書きをひとつひとつチェックした。

それぞれのメッセージには様々な内容の文章が綴られており、まだ若干9歳の子供がその胸の内をしたためた素晴らしい内容になっているはずであった。

いや、そのほとんどがそうであったのは間違いない。

ただ、1枚を除いては。

 

私がその異変に気付いたのは1枚目の画用紙を見ている時だった。

ひとつのメッセージがやけに不可解なのである。

当時の記憶が曖昧な自分でもこの文章を初めて見た時の感情は今でもはっきりと覚えている。

その感情とは、気味が悪いであった。

せっかく心のこもったメッセージにこんな感情を抱くなど言語道断である、というのは重々承知の上なのだが、そんな感情を抱くほか仕方なかったのは、やはりこの文章の醸し出す雰囲気に原因があった。

 

メッセージは2つの文のみで構成されていた。

文章を構成するすべての文字はひらがなであった。

そして、その2つの文章の間には大きなスペースがあり、そこにできた余白にはなぜか書き手の名前と、お世辞にも上手いとは言えない絵が描かれてあった。

書き手の名前は下の名前のみが書かれており、描かれていた絵はカエルの顔を模写したものと見受けられる。

書かれている字の上手さに関しては、正直とても小学4年生が書いたとは思えぬほど汚く、また絵の方に関しても不恰好な様相を呈しており、それがまた不気味さを際立たせていた。

 

さて、肝心の文章の内容に関してだが、当時も、そして大人になった今でもまったく意味がわからないというのが正直なところである。

ただ、意味がまったくない文章かといえば、それは違うと言える。

意味はあるのだ。

ただ、それがなんなのかがわからない。

さらにたった9歳の子が作った文章にはとても見えないと思えるほど、この文章には何か特別な意味を含んでいるという雰囲気があり、そんな雰囲気が不気味さをより演出する形になっていた。

 

それでは、いよいよ本題である。

これよりそのメッセージを見て頂きたいと思う。

まずはよりその不気味さを理解してもらうために、他のクラスメイトからもらったごくごく普通のメッセージを記載することにする。

 

ひろとへ

向こうの学校に行っても元気でね!

あと、住所教えてね!

また会おうね!

中里夏海より

 

一般的な寄せ書きにあるような普通のメッセージである。

このように多くのメッセージは2文から3文で構成されており、〇〇へ、〇〇よりで上下を挟む形になっている。

 

次にもう一つ同じようなメッセージを紹介する。

 

ひろとへ

向こうの学校に行ってもサッカー頑張ってね!

佐竹なつみより

 

小学4年生が構成することのできる文章はこのレベルのものが一般的である。

この一般的なレベルを読者の方にも理解して頂いたところで、いよいよ例のメッセージを見て頂きたいと思う。

今回は当時の文章をそのまま載せているので、その不気味さをリアルに感じとって欲しい。

 

 

じかんきたらおしえてね

 

夏海

 

じかんだよ

 

 

いかがだろうか?

この2つの文章と下の名前のみで構成されたこのメッセージの異質さをわかっていただけたであろうか?

 

じかんとは何か?

そして、そのじかんが来たというのはどういう意味なのか?

また、そのじかんが来たのはいつなのか?

 

疑問が疑問を呼ぶこの文章を見た瞬間、当時の私はなにかすごく嫌な気味の悪さを感じてしまった。

けっして単純なイタズラではなさそうなこのメッセージの佇まいに、ただただ狼狽していた。

しかし、正直これだけではこのメッセージのことを深く考えることもなかったのかもしれない。

実はこのメッセージにはもう一つ不可解な点が存在する。

この事実がより事態を不気味なものに昇華させていると私は考えている。

その事実とは、一体なんなのか。

 

実は、今見て頂いたようにこのメッセージとは別に中里夏海のメッセージも、佐竹なつみのメッセージも画用紙に貼られていた。

ただ、上記に示したようにこのメッセージにもなつみという名前が確認できる。

要するにこれは3人目のなつみからのメッセージになるのだが、ここで1つ不可解な点が浮かび上がる。

もう読者の方はおわかりかもしれないが、うちのクラスひいてはうちの学年に当時なつみという名前の子は2人しかいなかった。

中里夏海と佐竹なつみ。

この2人のみであった。

 

では、このメッセージは誰からのメッセージなのか?

そして、不可解なメッセージが意味するものとは?

 

 

じかんきたらおしえてね

 

なつみ

 

じかんだよ

 

 

 

ここで残念なお知らせがある。

この一連の出来事はここまで話したことがすべてであり、結末である。

つまり、これ以上のことは私自身何もわかっておらず、また新しい事実なども出てきていない。

というのも、当時の私はまだ小学4年生だったこともあり、気味が悪いと思いながらも新しい生活を始める中でだんだんとこの事実を忘れていってしまった。

今回思い出すことがなければ、この一連の出来事をそのまま記憶の奥底に封印してしまっていたかもしれない。

しかし、先日なんの因果かたまたまこメルボルンでこの一件を思い出す機会に恵まれた。

ここで私は今一度、この一件と向き合ってみることに決めた。

しかし、あれから時が経ち過ぎているのも事実。

さらに情報が少なすぎることも手伝って、現在の私には到底真相に近づけないように思える。

 

ここでひとつお願いがある。

読者のみなさまへ

この件に関して、何か思い当たる節や考えうる可能性がある場合は、ぜひ私までご連絡頂けると嬉しい。

少しでも真相に近づけるのであれば、それ以上の喜びはない。

今回は一連の出来事をご紹介したところで、一旦筆を止めたいと思う。

次回は私や私の周りの友人の見解をいくつか示し、この件をいろんな角度から分析していきたいと思う。

ぜひ読者のみなさまも一緒に知恵を絞って頂ければ、幸いである。

 

続きはこちら。

hiroto901219.hatenablog.com

 

 

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